会社に入った際にお世話になった寮が、取り壊されているとのこと。
少し前に、同じ職場のフロアに居る同期に話をちらと聞いたのですが、昨日通りがかりに車窓から見る機会がありまして、なるほど取り壊されておりました。窓がすべて取り去られ、コンクリートむき出しの建物に、重機がアームをかけて壊そうとしているところでした。震災でダメージを受け居住不能になってからは完全に無人となっていたようです。近隣の方にしてみれば無人の建物がずっと近くにあるのも不安でしょうから、取り壊されて良かったのかなとも思います。
寮は、鉄筋コンクリートの5階建てで、A棟とB棟の2棟に分かれておりました。
亭主は入社時にB棟4階の二人部屋に入寮し、2年目からはB棟2階の一人部屋(6畳和室、ベッド付)、B棟が改装するとのことでA棟4階の一人部屋(6畳和室、ベッド付)に移り、最終的にB棟3階の一人部屋(12畳洋室、ベッド付)まで、約8年を過ごしました。
寮には最大で150人くらいは居たかも知れません。入寮時には30人くらいの同期が居て、しばらくはみんなでわいわいと、楽しくやっていたように思います。孤独が好きな亭主はほどなくして同期の集団から離脱して、ときどきたずねてくるW氏やK氏などと水戸のVirgin MegastoreにCDを買いにいったり、ラーメンを食べにいく以外は単独行動を楽しんでおりました。ただ、先輩・同期を含めた寮のみなさんには本当に良くしてもらいまして、寮の食堂で夜な夜な開催される飲み会(日立沖で釣ってきた新鮮な魚がおつまみです)に誘ってもらうなど、楽しい寮生活を過ごさせてもらいました。
寮食も美味しかったし、風呂も広くて快適でしたし、寮長さん、寮母さん、食堂の調理師さんたちみな気さくでよい人たちでした。
寮室も、約12畳の洋室は非常にライブな音響で、オーディオをするには大変よい環境でした。
あるときふと思い立ち、誰にも告げることなく(といっても手続きをしましたが)ひっそりと寮を出て、アパートで一人暮らしをはじめたのは、寮という環境が嫌いだったからではなく、寮という環境があまりにもぬるま湯で、知らないうちに自分が溶けていくのが恐ろしかったから。ついでに、毎年ごとにペナルティのように高くなっていく寮費に、会社総務に対する嫌悪感がつのったから。
大地震で基礎部分に亀裂が入り、倒壊の危険ありとのことで解体するそうです。
寮を出て、結婚もして、二度と寮になど足を運ばないだろうとは思っていましたから、寮などあっても無くても同じものだろうと思いつつ。
それでもやはりさびしくてなりません。
写真は2000年の春のある日、サクラがそろそろ咲きだした庭を寮室の窓から撮影。
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