マクドナルドにはじめて入ったのは大学に進学してから。場所は忘れてしまいましたが大宮駅東口にあったマクドナルドと記憶しております。
高校までをド田舎で過ごした亭主、予備校に入るため松本に来てからも節制の日々をすごしていて、マクドナルドになど入る経済的余裕はなかったのですね。松本駅前の店の前を通るたびに、羨望のまなざしを投げかけていたものです。
大学生になっても、(仕送りで生活していたため)外食できるゆとりはほとんどなかったのですが、それでもマクドナルドに入って、ハンバーガーのセットメニューを食べる機会は、それなりに増えました。亭主にとってマクドナルドは都会に生活しているという一種のステイタスであり、外食できる程度に財布の中身に余裕がある、というある種の豊かさの象徴でもありました。
ただ・・・そうですね、必ずしもおいしいと感じたことはあまりなかったように思います。あっという間に食べ終えて、コーヒーやコーラをちびちび飲みつつ、本を読みつつ、店内で時間をつぶしたことをよく覚えているのですが・・・。
大学3年生の頃だったか、単位もほぼとり終えて、自由になるお金が欲しくてバイト先を探していた際、流山のマクドナルドの深夜清掃のバイトというのを見つけて申し込もうか、やめようかと悩んだことがあります。深夜、閉店後の店内を清掃するバイトということで時給もそれなりによく、掃除自体が好きだったためこれはいいかもと思ったのですが、自転車で通うには少し遠い距離だったため結果的に別のバイトを選んでしまいました。
ただ、当時このバイトをしようか、やめようかと迷っていたときに、深夜の店内、青白い光に照らされた一角を、ホウキやモップ、あるいは機械を使って黙々と掃除している自分がリアルに想像されて、なんだかホラー映画か、幻想映画のワンシーンに登場しているような気分になったものです。
当時はまだまだ深夜営業の店が少ない時代でもありましたし、そもそも深夜というものに、ある種の神秘性を感じていたこともありました。
今でも時々、「深夜の青白く光る店内を一人掃除する自分の姿を、店の外からぼんやりと眺めている夢」を見ることがあります。経験していないのに、強烈な心象風景として心に焼き付いている。
なんなんだろう、あれは。
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